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2020.09.30

  • sake

日本初の「貴醸酒」が生まれた蔵
その旨さを瀬戸内の島から世界へ
広島“酒”コラム 第十三回

水の代わりに酒を使って仕込む「貴醸酒」という甘口の高級酒をご存知だろうか。50年近く前に日本で初めて貴醸酒の製品化に取り組んだ榎酒造を訪ねるために、広島県呉市の倉橋島へ向かった。4代目社長の榎俊宏さんに、蔵を案内してもらいながらお話を伺った。

平清盛伝説が残る音戸の瀬戸

広島県最南端に位置する倉橋島。その北部を占める音戸町には、呉の市街地から車で30分ほどで到着する。本土側の警固屋町と音戸町との間には「音戸の瀬戸」と呼ばれる海峡があり、幅は最も狭いところで約80m。平清盛によって1日で切り開かれたと伝えられている。

多くの船が行き交う音戸の瀬戸には、「音戸大橋」と「第二音戸大橋」というシンボリックな2つの赤い橋が架かる。9月から運航開始した観光型高速クルーザー「シースピカ」もこの橋をくぐる。

音戸の瀬戸のほど近くにある榎酒造は、この地で明治32(1899)年に創業。「古くから海に関わる産業で栄えた地域でした。創業者はいろいろな商売を手掛けていたので、おそらく海運業などもやっていたのでしょう。その中で残ったのが酒造りでした」。そう教えてくれたのは4代目の俊宏さん。音戸の瀬戸は「瀬戸内銀座」とも呼ばれていたという往来の激しい航路で、潮待ちの港町だった音戸町も、かつては大変な賑わいを見せていた。現在は2軒になったが、最盛期には島内に6~7軒もの造り酒屋があったそうだ。「街として栄えていたのはもちろん、良質な水にも恵まれていたということですね。

島らしい小道を歩いていると、レンガの煙突が見えてくる。蔵には駐車場もあるが、島内は道幅が狭いため、渡船を利用し、桟橋から1キロほどの距離を、のんびり散策するのがオススメ。

年間総製造量は五百石、一升瓶換算で50,000本という比較的小規模の蔵。温暖なため、仕込み水を凍らせたり流水でタンクを冷やしたりして、酒造りに適した環境づくりを行う。

国賓をもてなすために開発された高級酒

榎酒造の酒には、代表銘柄の「華鳩」と、ゆかりの偉人から名付けた「清盛」がある。そして忘れてはならないのが、日本のみならず世界に蔵の名を知らしめた「貴醸酒」だ。水の代わりに日本酒を使って仕込む酒で、アルコール発酵がゆっくりと進むため、一般的な日本酒に比べて濃醇で香味豊かな超甘口に仕上がる。
もともとは、海外からの賓客をもてなすための酒として、1973年に国立醸造試験所(現在の酒類総合研究所)が考案したもの。「公開された資料をもとに、先代社長である父が、1974年に日本で初めて製品化しました」と俊宏さん。今でこそ貴醸酒を造る蔵も少しずつ増えてきたが、当時はほとんど誰もやろうとしなかったのだとか。「酒で仕込む酒なので、当然、時間も手間もコストもかかりますからね。でも父は、新しいことや自分がいいと思ったことには、どんどん挑戦する人なんです」。

貴醸酒が有名だが、清酒も手間暇を惜しまず丹精込めて醸され、全国新酒鑑評会入賞の常連でもある。杜氏や蔵人が米作りから手がける酒など、数量限定の酒も多い。
(左から)「華鳩 貴醸酒8年貯蔵」、「さわやか貴醸酒 華Colombe」、「華鳩 貴醸酒 大累醸氷室貯蔵」、「華鳩 貴醸酒 三十年熟成大古酒」、「華鳩 純米吟醸中汲み」、「華鳩 山田錦 純米大吟醸」

貴醸酒の新酒は、濃厚でありながら甘口の白ワインのような爽やかさも感じさせる。熟成させると、次第に琥珀色に変化し、一層味わいが深まる。国内よりも先に海外で評判となり、約40年前には欧米へ輸出されるようになった。特に看板商品である「8年貯蔵」は、シェリー酒やマディラ酒などと並び称され、毎年ロンドンで開催される世界最大のワイン品評会「インターナショナルワインチャレンジ(IWC)」で、何度も金賞に輝いてきた。さらに2010年には、最高位である「チャンピオン・サケ」にも選ばれた逸品なのである。

2010年に獲得したIWC「チャンピオン・サケ」のトロフィー。

貴醸酒にもさまざまな種類があり、ワインのようにオーク樽で貯蔵しているものも。

俊宏さんとともに蔵の切り盛りをする姉の真理子さんは、主に販促的な役割を担い、県の酒造組合による女性向けキャンペーンの企画などにも携わってきた。近年では官民一体で広島の日本酒をブランド化するための事業にも参加。フランス・パリで日本酒を紹介する「Salon du Sake」に継続的に出展するなど、榎酒造の酒、そして広島の酒の魅力を、世界へと発信している。島の小さな造り酒屋でありながら、世界各地に多くのファンを持ち、人気も実力も“酒どころ広島”を代表する蔵の一つなのだ。

社長の俊宏さん(右)と、姉の真理子さん。先代から技術と探究心を受け継ぎ、より良い酒造りを求め続けている。

蔵見学は要予約

榎酒造では、年間を通じて蔵見学を受け入れている(要予約)。見学できる内容や日時は、酒造りの状況によって異なり、希望に応じて40分~2時間くらいで蔵元や杜氏が案内してくれる。フランスに10年以上住んでいたという真理子さんが、英語、フランス語にも対応。
※新型コロナウイルス感染症の状況等により、受け入れできない場合があります。

今も機械化されている部分は少なく、昔ながらの手作業が多く残っている。

この小さな作業場でラベルを貼った酒が、世界各国へと出荷されていく。

榎酒造

呉市音戸町南隠渡2-1-15
0823-52-1234
[営業時間] 9:00~18:00
[定休日] 日曜・祝日

詳しくはこちら

渡船に乗って潮風も楽しんで

榎酒造を訪問する際に、ぜひ利用してもらいたいのが、日本一短い”定期航路”と呼ばれる「音戸渡船」。音戸の瀬戸を約3分で渡り、今も通勤・通学などの生活航路として地域の人に親しまれている。自転車も運べるので、近年では瀬戸内の島々をめぐるサイクリストにも人気。特に決まった時刻表などはなく、7時から19時まで(12時から14時は休憩)、乗客が1人でもいれば随時出港する。

JR呉駅から渡船乗り場まではバスで約20分。乗用車の場合は「音戸の瀬戸公園」の駐車場を利用して、渡船乗り場へ。

桟橋周辺には、往時の風情を感じさせる街並みが残る。海峡沿いに立つ木造3階建て、老舗の割烹「戸田本店」もその一つ。かの山本五十六に愛された店として知られ、鯛料理は幾多の食通を唸らせてきた。もちろん榎酒造の酒も味わえる。

TEXT BY TJ Hiroshima-タウン情報ひろしま

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※写真はすべてイメージです。

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