平清盛伝説が残る音戸の瀬戸
広島県最南端に位置する倉橋島。その北部を占める音戸町には、呉の市街地から車で30分ほどで到着する。本土側の警固屋町と音戸町との間には「音戸の瀬戸」と呼ばれる海峡があり、幅は最も狭いところで約80m。平清盛によって1日で切り開かれたと伝えられている。
音戸の瀬戸のほど近くにある榎酒造は、この地で明治32(1899)年に創業。「古くから海に関わる産業で栄えた地域でした。創業者はいろいろな商売を手掛けていたので、おそらく海運業などもやっていたのでしょう。その中で残ったのが酒造りでした」。そう教えてくれたのは4代目の俊宏さん。音戸の瀬戸は「瀬戸内銀座」とも呼ばれていたという往来の激しい航路で、潮待ちの港町だった音戸町も、かつては大変な賑わいを見せていた。現在は2軒になったが、最盛期には島内に6~7軒もの造り酒屋があったそうだ。「街として栄えていたのはもちろん、良質な水にも恵まれていたということですね。
国賓をもてなすために開発された高級酒
榎酒造の酒には、代表銘柄の「華鳩」と、ゆかりの偉人から名付けた「清盛」がある。そして忘れてはならないのが、日本のみならず世界に蔵の名を知らしめた「貴醸酒」だ。水の代わりに日本酒を使って仕込む酒で、アルコール発酵がゆっくりと進むため、一般的な日本酒に比べて濃醇で香味豊かな超甘口に仕上がる。
もともとは、海外からの賓客をもてなすための酒として、1973年に国立醸造試験所(現在の酒類総合研究所)が考案したもの。「公開された資料をもとに、先代社長である父が、1974年に日本で初めて製品化しました」と俊宏さん。今でこそ貴醸酒を造る蔵も少しずつ増えてきたが、当時はほとんど誰もやろうとしなかったのだとか。「酒で仕込む酒なので、当然、時間も手間もコストもかかりますからね。でも父は、新しいことや自分がいいと思ったことには、どんどん挑戦する人なんです」。
貴醸酒の新酒は、濃厚でありながら甘口の白ワインのような爽やかさも感じさせる。熟成させると、次第に琥珀色に変化し、一層味わいが深まる。国内よりも先に海外で評判となり、約40年前には欧米へ輸出されるようになった。特に看板商品である「8年貯蔵」は、シェリー酒やマディラ酒などと並び称され、毎年ロンドンで開催される世界最大のワイン品評会「インターナショナルワインチャレンジ(IWC)」で、何度も金賞に輝いてきた。さらに2010年には、最高位である「チャンピオン・サケ」にも選ばれた逸品なのである。
俊宏さんとともに蔵の切り盛りをする姉の真理子さんは、主に販促的な役割を担い、県の酒造組合による女性向けキャンペーンの企画などにも携わってきた。近年では官民一体で広島の日本酒をブランド化するための事業にも参加。フランス・パリで日本酒を紹介する「Salon du Sake」に継続的に出展するなど、榎酒造の酒、そして広島の酒の魅力を、世界へと発信している。島の小さな造り酒屋でありながら、世界各地に多くのファンを持ち、人気も実力も“酒どころ広島”を代表する蔵の一つなのだ。
蔵見学は要予約
榎酒造では、年間を通じて蔵見学を受け入れている(要予約)。見学できる内容や日時は、酒造りの状況によって異なり、希望に応じて40分~2時間くらいで蔵元や杜氏が案内してくれる。フランスに10年以上住んでいたという真理子さんが、英語、フランス語にも対応。
※新型コロナウイルス感染症の状況等により、受け入れできない場合があります。
榎酒造
- 呉市音戸町南隠渡2-1-15
0823-52-1234
[営業時間] 9:00~18:00
[定休日] 日曜・祝日
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渡船に乗って潮風も楽しんで
榎酒造を訪問する際に、ぜひ利用してもらいたいのが、日本一短い”定期航路”と呼ばれる「音戸渡船」。音戸の瀬戸を約3分で渡り、今も通勤・通学などの生活航路として地域の人に親しまれている。自転車も運べるので、近年では瀬戸内の島々をめぐるサイクリストにも人気。特に決まった時刻表などはなく、7時から19時まで(12時から14時は休憩)、乗客が1人でもいれば随時出港する。
TEXT BY TJ Hiroshima-タウン情報ひろしま